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SPECIAL FEATURE 特集ページ

シェイクスピア All the worlds a stage, and all the men and women merely players!   

シェイクスピア All the worlds a stage, and all the men and women merely players!   

シェイクスピアの活躍したエリザベス朝は、大航海時代から産業革命を経たイギリスが世界の覇権を手にした時代でした。イギリス・ルネサンスの最盛期であり、演劇も賑わいを見せました。400年以上も前にシェイクスピアが書いた戯曲の数々は、演劇だけにとどまらず、オペラ・バレエ・ミュージカル・映画などに生まれ変わり、時代や文化的背景を越えて、新たな感動を与え続けています。今回は2016年に没後400年を迎えるシェイクスピアを特集します。

参考文献

『名画で見るシェイクスピアの世界』平松洋著(中経出版)

『シェイクスピアの世界』フランソワ・ラロック著(創元社)

『シェイクスピア・ハンドブック』高橋康也編(新書館)

British Library - Treasures in Full Shakespeare in Quarto

Shakespeare Birthplace Trust


ウィリアム・シェイクスピア A man's life's no more than to say "One" (『ハムレット』より)

ウィリアム・シェイクスピアという人物そのものに関する歴史上の記録は少なく、わずかな記録から研究者たちによってさまざまな説が立てられています。


シェイクスピアは1564年イングランド中部の町、ストラトフォード=アポン=エイヴォンに生まれました。18歳になると、8歳年上のアン・ハサウェイと結婚し、1583年には最初の子供の洗礼を行っています。1592年、28歳の時には既にシェイクスピアはロンドンで役者として舞台に立っていたという記録があり、ロンドンで俳優活動を行いながら脚本を書き始めていました。シェイクスピアは役者としても脚本家としても次第に人気を高め、1590年の『ヘンリー6世』以降、ロンドンで37本の脚本を残しました。1613年にはシェイクスピアは作家活動から引退し、故郷のストラトフォード=アポン=エイヴォンに戻り、わずか3年後にその地で亡くなります。活動の場であったグローブ座の1613年の焼失が活動の終焉に影響を与えたのでは無いかと考えられています。

  • シェイクスピアの生家。現在では見学ができる施設となっている

  • ストラトフォード=アポン=エイヴォンの隣村にあるアン・ハサウェイが結婚前に暮らしていた家

  • シェイクスピアの生家のベッドルーム。シェイクスピアの遺言書の記載によると、妻アンに残されたものは「2番目に良いベッド」だけであった

  • 再建されたグローブ座劇場。シェイクスピアのロンドンでの活躍の舞台となった

  • シェイクスピアが活躍したエリザベス朝はイギリスルネサンス最盛期を迎え、特に演劇が発展した

  • 真相は明らかではないが、2009年シェイクスピアの生前に描かれたと考えられる肖像画が発表された。よく知られている額の広い肖像画は死後、後世の人によって描かれたものである

  • 戯曲『サー・トマス・モア』の原稿。大英図書館に現存するこの原稿は、シェイクスピアによるものであると考えられている

  • シェイクスピアの署名の筆跡。シェイクスピアは現在信じられている人物ではないという説が多くの研究者たちによって唱えられている

  • 1609年に発行された『ソネット集』の表紙。ペストの流行により一時劇場が閉鎖された時期に、シェイクスピアは詩作を行ったといわれる

  • シェイクスピアがブラックフライアーズに購入した物件の抵当証券。シェイクスピアがロンドンで成功を収めていたことを思わせる貴重な資料

  • 大英図書館所蔵『ファースト・フォリオ』。シェイクスピアの死後7年後に出版されたシェイクスピアの戯曲集

  • シェイクスピアの眠るホーリー・トリニティ教会

【悲劇】 That which we call a rose by any other name would smell as sweet. (『ロミオとジュリエット』より)

『ハムレット』『マクベス』『オセロ』『リア王』の四大悲劇を始め、シェイクスピアは演劇史に残る数々の名作を残していますが、作品のほとんどは民間伝承や年代記、詩など、既存の物語を下敷きにしています。


『ロミオとジュリエット』はアーサー・ブルックの物語詩『ロミウスとジュリエットの悲しい物語』をベースにしていると言われています。あらすじや登場人物を借りていますが、大幅に改変を加え、原典では9か月間のストーリーだったものをわずか5日間の出来事にし、16歳だったジュリエットの年齢を14歳に変更しています。それにより、運命に翻弄された若い恋人たちの悲劇はよりドラマチックになり、「ロミオとジュリエット」は悲劇の恋人の代名詞となりました。

  • 『ロミオとジュリエット』の舞台、イタリア・ヴェローナ

  • ヴェローナにあるジュリエットの家のバルコニー

  • ジュリエット像。右胸に触ると恋が成就するというジンクスがある

  • チャイコフスキーによる幻想序曲『ロメオとジェリエット』のスコア(1869年)

  • 映画『ロミオ+ジュリエット』(1996年)

  • 映画『ロミオとジュリエット』(1936年)

  • フォード・マドックス・ブラウンによる絵画『ロミオとジュリエット(第3幕第5場)』(1870年)

  • フレデリック・レイトンによる絵画『ロミオとジュリエットの遺体と、モンタギュー家とキャピュレット家の和解(第5幕第3場)』(1853-55年)

  • ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティによる絵画『オフィーリアの発狂』(1864年)。『ハムレット』より

  • 『マクベス』のポスター(1914年)

  • フォード・マドックス・ブラウンによる絵画(1866年)。『リア王』より

  • テオドール・シャセリオーによる絵画(1850年)。『オセロ』より

【喜劇】 The course of true love never did run smooth. (『夏の夜の夢』より)

シェイクスピアは生涯で40篇近くの戯曲を残していますが、その半分近くが喜劇です。代表的な喜劇の一つ『夏の夜の夢』は結婚の問題を抱える二組の男女と、芝居の練習をする職人たちが、けんか中の妖精の王と女王がいるアテネ近郊の森に足を踏み入れ、騒動に巻き込まれる、夢とも現実ともつかない一晩の物語です。様々な妖精が登場しますが、いたずら好きの妖精パックは特に印象深いキャラクターです。


『夏の夜の夢』が書かれた16世紀頃は妖精や魔女など、超自然的な存在が受け入れられていた時代でした。シェイクスピアは妖精のイメージから不吉で恐ろしい要素を抜きさり、いたずら好きでそれほど人間に害を加えない存在に描き、後の妖精像に影響を与えました。

  • グローブシアターで上演された『夏の夜の夢』のちらし(1890年頃)

  • 1914年に出版された書籍Shakespeare’s Comedy of ‘A Midsummer Night’s Dream’

  • シェイクスピア生誕400周年の記念切手。『夏の夜の夢』の登場人物、パックとボトムが描かれている

  • シェイクスピアの故郷、ストラトフォード=アポン=エイヴォンにある街灯。シェイクスピア作品の登場人物たちが装飾されている

  • 映画『真夏の夜の夢』(1935年)

  • 映画『真夏の夜の夢』(1999年)

  • デイヴィッド・スコットによる絵画(1840年)。『夏の夜の夢』より

  • ヨハン・ハインリヒ・フュースリーによる絵画『ティターニアの目覚め(第3幕第1場)』(1793-4年)。『夏の夜の夢』より

  • ジョン・ギルバートによるイラスト。『ヴェニスの商人』より

  • ロバート・ウォルター・ウィアによる絵画(1830年)。『ウィンザーの陽気な女房たち』より

  • ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスによる絵画『ミランダ(第1幕第2場)』(1916年)。『テンペスト』より

  • チャールズ・C・シートンによる絵画(1883年)。『お気に召すまま』より

【史劇】 A horse, a horse, my kingdom for a horse! (『リチャード3世』より)

イギリス中世の歴代の王の物語を扱ったシェイクスピアの史劇の数々は、描かれた王達のその後の歴史上のイメージに絶大な影響を与えました。シェイクスピアの史劇の多くは、エリザベス1世の統治下、テューダー朝のプロパガンダのとしての要素を持っていたと広く理解されています。特に、テューダー朝に倒されたヨーク朝の最後の王リチャード3世の「醜悪で残忍な王」というイメージの定着には、1592年に書かれたシェイクスピアの『リチャード3世』で作り上げられた人物像が大きく起因していると言われています。しかし、リチャード3世の醜い姿と野心を持った極悪非道のアンチヒーローとしての魅力は多くの人々を魅了し、現在でも世界中で演じられています。

  • リチャード3世の肖像画

  • リチャード3世は家臣にエドワード4世の幼い息子達を殺すように命じる

  • ジェームス・ノースコット『ロンドン塔の王子たち』(1805年)。エドワード4世の息子達はロンドン塔に幽閉され窒息死させられる

  • 劇場グローブ座とブラックフライアーズ座の経営者であり、役者であったリチャード・バーベッジ。リチャード3世役を最初に演じた役者でもある

  • エドワード4世の愛人ジェーン・ショア役の役者エリザベス・ハートレー(1750-1824年)

  • リチャード3世を演じる18世紀のイギリスの役者ジョン・フィリップ・ケンブルを描いた絵画

  • 1884年の舞台「リチャード3世」のポスター

  • リチャード・マンスフィールド(1857-1907年)によるリチャード3世

  • シェイクスピアの「リチャード3世」を主題とした、1955年公開ローレンス・オリヴィエ監督・主演の映画

  • 2012年リチャード3世の遺骨がイギリスの都市レスターにある駐車場から発見され話題となった。シェイクスピアの描いた「せむしの王」というイメージが真実であるか議論されてきたが、実際に見つかった骨から背中のわずかな湾曲が確認された

  • 劇団ベルリナーアンサンブルによる『リチャード3世』(2008年上演)。現在でも世界中で演じられている演目である

  • 『ヘンリー4世』の戯曲の表紙。シェイクスピアはこのほか全部で10作品の歴史劇を書いた

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