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SPECIAL FEATURE 特集ページ

Nothing But the Truth    

Stories of the world panos pictures フォトストーリーより

世界各地の戦乱や社会問題を鋭いまなざしで捕らえた写真を提供するイギリスの写真エージェンシーPanos Picturesのカメラマンたちによるフォトストーリーの一部をご紹介いたします。



Gimme Shelter 住処をください   photos by Jeroen Oerlemans

Gimme Shelter 住処をください

今も続くシリアの戦争は中東における過去に例を見ない難民被害をもたらした。その周辺国の中でも特にレバノンが矢面に立っている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は難民総数約100万人のうち82万人以上がレバノンにいると発表している。人口数が420万人であることを考えると、レバノンの20パーセント以上の人口が難民であることがわかる。

毎日何百人ものシリア人たちが自国で行われている暴力を逃れレバノンの国境を跨ぎやってくる。昨年11月にはカラモウン山脈で軍からの攻撃を逃れるために、土日の間に1200もの家族がシリアとの国境のベッカー高原へとなだれ込んだ。現在何百何千という難民がベッカーを避難所としており、この急激な流入はレバノン国内で多大な問題を引き起こしている。住居を建設するスペースが無いため家賃が急激に高騰し、安いシリアの労働者がレバノンの労働者たちの仕事を奪う結果となり、根深い派閥の分離が再浮上している。学校では長い待機児童のリストがあり、シリアの子供達に教育の機会を与えるため開校時間を2倍にしている。

レバノン政府は難民キャンプが永遠にそこにとどまり続けるのを恐れ正式なキャンプを作ることに難色を示しているため、難民たちは自分たちの持っているわずかなお金をやりくりするしかない。古木や地元の商店から購入した看板広告の布切れ、車のタイヤなどを使用し10人程度が入れるテントを約300ドル程度で作ることができる。しかしこの間に合わせのテントは、基本的な雨風をしのぐ程度のものだ。テントに使用している高級品の品々の広告が、ここに住んでいる人たちの現状とあまりにも残酷な対比をなしている。

Rising above China 中国に昇る   photos by Kacper Kowalski

Rising above China中国に昇る

中国の都市を上空から見ると、ひとつの空間に予想できないような組み合わせや、驚きの対照を成すものたちであふれている。ある意味それぞれの意外な食材を組み合わせて作る中華料理と似ているかもしれない。ひとつの空間に、工場団地と学校や公園が隣接していたり、高層ビル群が稲田に囲まれて存在していたり、似たような高層建築がひしめき合って空高く伸びていたりする。

そこには古い建築に対するノスタルジーはほとんど無いようだ。古い建物は新しくモダンな中国を築くために壊されていく。効率的に地域が建設され、新しいコミュニティーができ、増え続ける都市部への住民のための学校やショッピングセンター、住宅や道路ができてゆく。中国は新たな現実を作り出し、新しいアイデンティティーを追求し、予知できない未来へと躍進している。

After the Mines 鉱山の後で   photos by Jason Larkin

After the Mines 鉱山の後で

1886年のゴールドラッシュで最初の移住者たちがやってきてから、ヨハネスブルグは世界で最も広大な金の埋蔵地として知られてきた。巨大な石が採掘され、粉砕され金が取り除かれた後、粉砕物は広大な土地にちりばめられた鉱くずの山に積み上げられる。今日では推定60億トンの鉱くずの山があるといわれ、地元の人々は「鉱山のごみ山」と呼んでいる。この鉱山のごみ山はヨハネスブルグの地形、水系、そして生態系を劇的に変化させてしまった。しかし、歴史的にこの空間はこの都市の富と発展に直接的な因果関係があるのだ。

何十年にもわたって、人々はこの眠ったままの有毒な物質を含む残骸の周りで発展してきた。見たところ採掘所の所有者や近隣住民たちには忘れられてしまっているようだが、これらの人工的な空間はこの21世紀の都市の中心部と影響し合っていることは明白な事実である。

近年の金の価格の高騰が進むにつれ、この金の鉱くずの再処理は新たなベンチャーとなりヨハネスブルグの新たなゴールドラッシュを引き起こしている。この広大な鉱くずに含まれている何十万ドルにもなるかもれ知れない金を求めて、この風景はこの先何年間をかけ壊され再びその形を変えようとしている。

Holidays in the Near Abroad 近くの外国への休暇   photos by Petrut Calinescu

Holidays in the Near Abroad 近くの外国への休暇

ソビエト時代、アブハジア社会主義ソビエト共和国はグルジア共和国の一部であった。スターリンのお気に入りの休暇場所であり、彼は黒海を望む山の上にたくさんの別荘を所有していた。1990年代初頭ソビエト連邦崩壊と共に、アブハジア分離派はグルジア軍と短い間戦争となり事実上独立国家を築いたが、今日までロシア、ニカラグア、ヴェネズエラ、ナウル、ツバルの5国家にのみにしか国家として承認されていない。しかし近年特に2008年の南オセチア紛争により、グルジアからの離脱が強固なものとなった為、アブハジア共和国は再びロシアの観光客たちの間でミニブームとなり、観光客たちは群れをなして太陽が降り注ぐアブハジアのビーチへと向かっている。

アブハジアの人気は、アブハジアとロシアの国境が2014年のオリンピックの開催地である黒海を望む都市ソチからほんの35キロしか離れていないということだけではない。そこはソビエトの人々にとって魅力的な観光地であった頃のソビエト時代のインフラを残しており、また、ロシア語が話されていて安価で安心できる旅行地として、年間約30万人のロシア人たちがアブハジアを訪れている。2008年の紛争以来、アブハジア人はロシアのパスポートを与えられており、ロシア人はビザなどの面倒なしに旅行することができる。しかしこの事実に関わらず、この地はやはり孤立した貧しい辺境の地でありソビエトの地政的な遺産として存在している。アブハジアの産業はとっくの昔に廃れ、ここでの平均賃金は日本円で月に約7,000円に満たない程度である。しかし、多くのロシア人にとってこの地は、モスクワから電車で36時間かけて来ることのできる安価に楽しめる旅行先として最高の場所なのである。

The Children Are Their Future 子供たちは彼らの未来   photos by Kieran Dodds

After the Mines 鉱山の後で

総選挙を2014年5月に控えたアフリカのマラウィでは、70人の政治家や実業家たちが国家予算約1億ドルを盗んだ罪で裁判にかけられている。マラウィの国家予算の約40パーセントは外国からの支援によって成り立っているが、その支援はこの問題が解決するまで現在止められている。この気のめいるような危機の中、このアフリカの最も貧しい国のひとつに住む人々にも希望を与える草の根的な運動が起こっている。

マラウィの少女トゥンペ・キーレは10歳の時に自分の医療費を支払うために自分自身が売られてしまった。彼女の父は2万クワチャ(約5000円)を払うことができず、病気の自身の娘をある伝統的な治療医師に売ったのだ。6ヶ月間彼女はこの治療医のために生き働きつづけた。6ヶ月という期間は地元では治療医の妻となるために必要な期間であり、地元の人々はこの結婚が成立する前に娘を取り戻すために家畜を売ることを彼女の父に説得した。これは、主に子供の結婚や労働、危険な伝統的な風習などから北マラウィの子供達16,000人を守る活動を行っている、リビングストニア協会議会援助プログラム(LISAP)による革新的な活動のひとつであり、この活動の評判は変化を待ち望んでいる様々なコミュニティーに広がっている。

母父のグループはGirls and Boys Empowermentプロジェクトによって、ポジティブな圧力を親に与え、子供に対してはライフスキルの教育を実施し、子供たちの生活の革新を引き起こしている。年長者や地元の酋長たちは、変化をもたらすために必要な影響力を行使することのできる条例を作ることを奨励されている。酋長ンワカボコはこのプロジェクトが始まった頃は彼のエリアには教育を受けた女性はたった5人しかいなかったという。彼はこの現状が変わることを望んでおり、このプロジェクトに前向きである。

Life’s a Cabaret 人生はキャバレー   photos by Shiho Fukada

Life’s a Cabaret 人生はキャバレー

日本ではホステスとはバーやクラブで男性を楽しませる女性のことを意味する。客は高額な料金を支払い喜びを得る。(喜びといっても、セックスではなく戯れるだけだ。)かつては違ったが、今では若い女性の間でホステスの仕事が人気となっている。1986年に執行された男女平等法にもかかわらず、現在でも日本女性は低賃金で先のない職業や契約雇用にゆだねられている。学位を持つ女性の約65パーセントのみが就職しており、彼女たちの平均賃金は男性の約1/3以下である。たとえ若いときしか働けないとしても多くの若い女性たちはホステスという職業を、経済的に独立することのできる数少ない仕事のひとつとして見ている。24歳のハナズカカレンが大学4年生になったときには、彼女のクラスメイトはみんなミニスカートやスキニージーンズから黒のスーツへと着替えていた。しかしハナズカはそこに加わろうとはしなかった。彼女はすでにホステスとして働くことを決意していたからだ。「魅力的な仕事がなかったから、私は就活しませんでした。ホステスの仕事の方がもっとマシです。」と、ホステスになる時にカレンという名前に変えたハナズカは言う。

日本の警視庁によると7万ほどのホステスクラブやバーの店舗が日本に存在しているという。以前はホステスという職業は売春より少しマシな職業と考えられていたが、現在ではホステスの女性がテレビ番組などに登場することも良くある。モデルや女優、はたまた企業家に転職するホステス女性もいる。この職業は日本の主流の文化となりつつある。

ゴールドマン・サックスの専務取締役キャシー・マツイは、日本女性の高い失業率は「国にとって多大な経済的損失である」とコメントしている。たとえ幸運にも仕事を得た女性であっても彼女たちのキャリアは苦難が伴うことがある。収入の差に加え、女性は管理職のポジションに昇進することはめったにない。国連労働機関によると、日本における2008年の女性のマネージャーの割合は、アメリカは42.7パーセントである一方、たったの9.8パーセントである。

ホステスの時間給はどれだけ客を取り込めるかによって変わる。この制度はハナズカのような野心のある女性にとって動機となり、彼女は年に3千万円以上稼ぐ。日本女性の年間の平均給料が370万円であること比べればその差は一目瞭然であろう。

しかし、多くのホステスは夜間の仕事やアルコールの摂取により、肝臓病やアルコール依存症などの健康の被害に悩まされている。多くのホステスが、言葉による虐待やセクハラを受けており、それによるうつ病や不安症を引き起こしている。セールス数や人気度に対する過剰な強迫観念に絶えられなくなる者もいれば、客の軽蔑的な態度が多くの若い女性の自尊心を破壊している。

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